創刊号届いているでしょうか

同人・会員・創刊記念大会ご参加のみなさま、
「川柳カード」創刊号、そろそろ届いているころではないでしょうか。
発行人・樋口由紀子と池田澄子さんとの対談をはじめ、読みどころはいろいろあるかと思います。
新誌の立ち上げには期待と不安が伴いますが、ご感想などいただけると嬉しいです。

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One Response to 創刊号届いているでしょうか

  1. 風狂 says:

    「カード」創刊号の感想・・ 
    「編集後記・・書き続けるための環境は必要なのだ・・」・・ありがとうございます、私のような“無宿人”(この境地で納得しています)にとって、自由な発表の場“ネットワーク”を提供していただいた事は大変ありがたい事です「あらたな地平を切り開いて・・」・・大きく羽ばたいていかれる事、望みます
    内容は、濃いものです・・他の柳誌を凌駕しています。読み応えがありそうです・・(ぼちぼち読み進みます・・思う事があれば、また書き込みます) 
    率直に申します(今更言うても“しゃーない”のですが、憎まれる事承知で・笑)・・表紙デザインが“ダサい”・・トランプの持つ無機質、無慈悲に突き放されました(笑)・・
    ついでに誌名「カード」も???(笑)・・なじめない、薄っぺらい・・今の時代この言葉からは幅広い“アイデンティティ”は生まれない・・誌名は響きも大事・・もっとオーラの発する創造的な、イメージ豊かなものであって欲しかった・・(「バックストローク」は、未来を予感さすいい言葉でした)
    言い過ぎたようですが、お許しください(苦笑)・・川柳の世界はあまりにも“ほめ言葉”が多過ぎます・・“ほめ言葉依存症”の人も多々いるようです(苦笑)・・この程度の真正面きっての遠慮のない批判・批評があってもいいのでは・・(苦笑)・・   

     樋口由紀子さんの小論「御中虫という俳人」に注目しました・・「自由な書き方は本来川柳が武器・・発想やストンとした落とし方も川柳が得意としてきた・・」・・そうなのです、御中虫さんが俳人だから“川柳的インパクト”が注目されただけです・・柳人ならこの程度の表現は何ほどの事はありません・・「そんな世界に石を投げた」俳論を語りながら、柳界への警告と受け取りました・・

     最近は俳句が川柳の世界を浸食しつつあります・・(川柳も俳句を浸食していいのですが)・・・本来「575の短型詩」であるなら、この2者を区別する理由はないのです・・御中虫さんの句をみれば、もはや“季語”を必要としていません

     もっともっと、川柳と俳句はくっつきましょう・・区別つかなくなるまで融合しましょう・・樋口さんの小論を読みながら思いついたのですが・・柳人と俳人の合同句会を開催したらいかがでしょうか・・俳句と言わない、川柳と言わない「575作品」の句会・・(季語のあるないは自由で)・・面白いと思いますよ(笑)・・

     こうした合同句会が恒常的に何年も何回も開催されるようになれば・・やがてこの場からとてつもない大きなものが転がり出てくる予感がー―・・(楽観でしょうか?・笑)・・短歌→俳句→川柳と続いた系譜に、ニューベイビーの○○○が加わる・・新しい「575の短型詩」それを何と呼ぶかは将来の楽しみです・・まずは「俳句と川柳」の垣根を取り除く事から・・

    樋口さんと言えば、気になる句があります「淀川の半分ほどの嘘をつく」・・大阪的おおらかな、風刺の句です・・私は暗記していますが、時折口で復唱すると何故か「淀川の水半分の嘘をつく」になります(笑)・・分からないまま、独りよがりで楽しんでいます(笑)・・
       春風亭 風狂

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